21世紀の教育を考える

〜薄れる成人式の目的と意義

 

米日教育交流協議会

代表 丹羽筆人

 

成人式は大人としての自覚を持つことができる意義ある儀式として行うべき

 1月8日は日本の国民の祝日である成人の日でした。全国各地で市町村が主催する成人式が行われ、スーツや晴れ着に身を包んだ若者が参加しました。

 今年の新成人が生まれたのは、1986から87年ですが、日本ではバブル景気が始まった頃です。しかし、それも4年ほどで崩壊し、「失われた10年」と言われる経済低迷期に幼稚園、小中学校の教育を受けた世代です。また、その学校教育は、ゆとりカリキュラムの教育内容をさらに削減した改定学習指導要領に基づくものでした。学校5日制が導入されたのもこの頃です。また、公立校での「学級崩壊」の問題がクローズアップされました。その一方で、私立校志向が高まり、小中学校入試が過熱化しました。

 このような状況下で、新成人の中には、授業が崩壊した教室を経験した人、親の希望する入試を突破するために塾通いを続けた人もいるでしょう。また、不況の影響で、決して明るくはない家庭で育った人もいるでしょう。多感な幼少時をマイナス要因の多い環境で過ごしたことは、新成人に限らず、この世代の若者達に共通する質的な面に影響を与えているように思われます。「協調性」「忍耐力」「自主性」「礼儀・作法」などに欠ける、ある意味で子供染みた性格を露呈する成人を生み出したのは、このような社会構造が影響していると言えそうです。

 そもそも成人の日とは、新成人が大人の仲間入りをすることを自覚するための儀式で、現在は20歳を基準にして一律に行っていますが、日本古来の伝統行事である成人の儀式は元服、裳着(もぎ)などと呼ばれ、大人の世界に入るべき時が来た時や、大人としての技量や心得が身についた時に行うなど、個人によって、儀式を行う年齢は異なっていました。貴族、武士、農民、町人などの身分や地域、時代によって違いはありますが、男子も女子も成人の儀式で髪型や衣装を変えたり、化粧をして、周囲にも大人になったことを知らしめました。また、成人後は一家の長として家計を支えたり、他家へ嫁いだりし、名実ともに大人の仲間入りをしていました。その年齢は12歳から16歳頃が多く、現在よりも随分早く成人していたことになります。

 現代の新成人には、既に働いている人や子育てをしている人もいますが、学生であったり、社会人であっても親の世話になっている人も多いのが実情です。成人式の前後での生活の変化がないことや自立する必要のない家庭の経済的豊かさも、大人としての自覚が持てない成人を生み出している要因の一つかもしれません。アメリカでは多くの学生が自分のお金で大学に進学していますが、これは見習うべき点ですね。

 いずれにしても、現在の成人式は、国が決めた20歳という一律の年齢基準で招待され、日頃接点のない市町村の代表者にお祝いされるだけという形骸化した儀式になっています。私は、この様な成人式とは別に、古来の伝統行事のように、個人や家族の事情に応じて、家族や親戚、近所などを単位として個別に行うのが望ましいと考えます。その方が、成人としての自覚を促し、その後の思考や行動に良い影響を与えると思います。

 今回は成人の日を話題にしましたが、他にも日本の年中行事を通じて、日本人の知恵、日本の文化の奥深さに気づくことができると思います。

 

                       ~Weekly Business News 2007年1月12日号掲載

 

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