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日米の教育事情 〜消え行く礼儀正しい日本人の姿
米日教育交流協議会
今こそ家庭での教育を見直すべき時では? 最近、日本から発信されるニュースには信じられないものがあります。お寺の仏像が盗まれるというのは転売目的だと思いますが、お墓のお骨を盗むというのは、目的も不明確でなんとなく不気味です。また、女子大生が駅構内のコンセントで携帯電話の充電をして摘発されました。被害額は3銭ということですがこれも窃盗です。 夏の日本滞在中には、お店の駐車場で車の中からファストフードの袋に入ったごみが投げ捨てられるのや、お墓の掃除をする桶と柄杓や雑巾で、お墓の水道を使って車を洗っている人などマナーの悪い人々を目撃しました。これらも警察に通報すれば摘発される事件です。 なぜ、このようなことをする人がいるのでしょうか。先述の行動の中では、仏像やお骨を盗んだ人を除けば、決して悪いと思ってやったわけではないと思います。つまり、良いことと悪いことの分別がついていないということなのです。 このような日本人が目立つようになったのは、社会構造の変化の影響や、学校教育の問題もあるかもしれません。しかし、最低限のマナーや分別を教えるのは親の務めです。自分のしたいことを優先し、子育てを放棄する親はもちろん、子どもの言いなりになってしまう過保護の親に育てられた子どもに、マナーや分別の欠如が目立ちます。その子どもたちは、一歩間違えば、犯罪者にもなりかねません。そうでなくとも、このように育った子どもは、やはり自分の子どもも同様に育ててしまうのではないでしょうか。 宣教師フランシスコ・ザビエルは、布教活動中に接した当時の日本人に対し、「自分が今までに出会った異邦人の中で最も優れた国民であった。」と清貧であり、潔白な所を高く評価しています。その他、日本人と出会った多くの外国人が、日本人の礼儀正しさを絶賛しました。その国民性は現在の日本人にも受け継がれていると思います。
ところが、近年は、日本でもアメリカでも、あいさつをしない、お礼を言わないというような子どもが目立ちます。箸の使い方の誤りはともかく、お茶碗やお椀を持たない子どもや肘をついて食べる子どもも目にします。大皿料理や焼肉、お鍋の時、好きなものだけを選って自分の器にたっぷり盛り付ける子どももいます。このような子どもは、家庭でも同じことをしているのでしょう。そして、親はそれを見ても知らぬ振りをしているのでしょう。あるいは、親も同じことをしているのかもしれません。
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~「週刊ビジネスニュース」 2008年9月26日号掲載
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